開業してから頓に眼瞼下垂症に関する相談を受けるようになったが、当初は眼瞼下垂症状の明けらかにある患者さんしか手術対象にはしなかった。
しかし、ここ数年間、一見正常な開瞼ができるにもかかわらず、眼瞼下垂症の不定愁訴(交感神経過緊張症状)のみを主訴に来院する患者さんが増えてきたことだ。このような主訴の患者さんを注意深く観察すると、無意識で額にわずかな皺を寄せたり、眉毛を心持ち吊り上げたりして、一見正常な開瞼を維持出来るようにしていることが意外に多いことに気付く。このように、周囲の筋肉などの予備能力を利用して無理に正常な開瞼を維持する状態を代償性眼瞼下垂症と言う。
以前であれば、もう少し症状が進行してこの予備能力を超えて明らかな眼瞼下垂症状が出現するまでは経過観察する方針だったのだが、ある時、不定愁訴があまりにも強くてとても我慢できないと患者さんからの強い要望があったため、迷いながらも手術に踏み切った。手術中にその患者さんの眼瞼挙筋腱膜が弛んで瞼板からはずれかけていた所見を認め、通常通りの眼瞼下垂手術を行ったところ、劇的に症状が改善して患者さんから大変感謝された。この経験がきっかけとなり、予備能力(額に皺を寄せる、眉毛挙上など)を使用して明らかな眼瞼下垂症に至らなくても、不定愁訴が強く日常生活に支障がある場合は、現在では臨機応変に手術を行うようにしている。
「眼瞼下垂症の手術をすると何故不定愁訴も改善することが多いのか」という疑問は未だ完全には解明されてはいないが、弛んでしまったり、あるいははずれてしまった挙筋腱膜を可及的に適度な緊張を持つように瞼板に再固定してあげることで、交感神経過緊張が緩和されて自律神経機能が改善するとされるが、詳細な機序については不明点も多い。
眼瞼下垂症の不定愁訴(交感神経過緊張症状)は多種多様であるが、眼瞼下垂症手術によって、頭痛、肩凝り、眼痛、不眠、冷え症、眩暈、吐き気、ドライアイ、下腿浮腫、腰痛、鬱状態、視力低下、高血圧などの症状が改善したことを経験している。特に、頭痛、肩凝り、眼痛、不眠、冷え症は手術症例の7-8割が改善しているという印象である。患者は勿論のこと、小生も予想だにしなかった不定愁訴の改善が認められることもあり、この手術による交感神経過緊張を緩和する効果にたびたび驚かされる。
小生には経験がないが、糖尿病、アトピー性皮膚炎、過敏性腸炎、緑内障、耳鳴り、前立腺肥大症などが軽快したとの成書の記載もある。
補足として、上述のように症状が改善することが多いのだが、全ての症例で改善するわけではない。稀ではあるが、この手術を行うことで症状が悪化する例も経験しているので、あまりに過大な期待を持ちすぎないことも必要である。
2009.03.26 |